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【アラベスク】  第1章 春の嵐



第4節 Knock On Your Heat Gate [1]




 気か小さく生徒からもバカにされていた門浦(かどうら)が覚せい剤に手を出したきっかけは、咳止め薬だった。
 唐渓(からたに)への就職面接の前日、風をひいて咳の止まらなかった門浦は、咳止め薬を一本買った。咳止めにはコデインが含まれている為、当然注意書きか用途には使用量の制限が記載されていた。だが、すでに三つの面接で不採用となり切羽詰っていた彼は、どうしても咳を止めなければという焦りから、一本を一気に飲み干した。この時初めて『トリップ』した。

 頭が軽くなり、なんとなく楽しい気分になった。

 薬のおかげでぐっすり寝込み、翌日にはスッキリ目覚めることができた。面接にも成功し採用された。
 だが、自信()()な振る舞いや、要領が悪く授業が遅れ気味になる門浦に対して、生徒の視線は冷ややかだった。
 学校生活は門浦にとって、窮屈なものとなっていった。そんな門浦が救いとして求めたのが、あの『トリップ』体験だったのだ。
 咳止めを頻繁に購入するようになった門浦は、しかしやがて自分が依存症になっているのではないかと思い始める。
 元来小心者の彼は『トリップ』を求める自分が怖くなり、やがてコデイン依存について調べるようになった。そうして、口から服用を続けると歯がボロボロになることを知った。
 背の低さや小太りな体型にコンプレックスを感じていた門浦にとって、これ以上容姿を悪化させることはなんとしても避けたかった。だか、『トリップ』の快感を忘れることもできなかった。

 気が大きくなり自信が湧き、大胆になれる。生徒の視線など気にしなくてもよくなる。

 教師を続けていくには適度な『トリップ』が必要なのだ。どうすれば…

 深夜の飲み屋でそう悩んでいる時に声をかけられた。
 相手は一目で門浦を見抜き、覚せい剤を勧めた。麻薬というモノに尻込みしたが、相手の巧みな話術の前に、断ることができなかった。
 門浦がのめり込み始めると、相手は除々に値を上げていった。それでも門浦は、もはや抜け出すことができなくなっていた。
 金が底を突きかけた頃、売人がそっと耳打ちした。

「お前も売ってみろよ」
「売るって… 誰に?」
「誰って、いっぱいいるじゃんよ。お前の学校にはよ」

 クスリを買う為には金が必要だ。できるだけ多くの金が取れるヤツがいい。だから、学校内でも特に裕福そうな生徒を狙った。
 売人に手伝ってもらい、女子生徒を一人捕まえた。両親の恩恵で、陰ではいくぶん派手に遊んでいた生徒。だが、意外に彼女は真面目だった。
 自分が麻薬にのめり込んでいくのを悩むようになり、だが当然両親には相談できず、体裁を考えると誰にも言えない。結局彼女は命を絶った。
 それにより、警察が動き出した。
 門浦は焦った。自分が捕まるのは時間の問題だ。
 そこへまた、売人が耳打ちする。

「罪なんて、誰にでも着せられる」

 大迫(おおさこ)()(つる)は普段から一人でいることが多い。口数も少なく、何を考えているのかよくわからない。

 それに、門浦を蔑むようなあの視線……

 美鶴が覚せい剤を使用している必要はなかった。ただ、美鶴を密売人に仕立て上げればそれでよかった。
 死んだ美鶴の周囲から覚せい剤が出てくれば、何らかの関わりがあったと判断される。自殺した女子生徒へクスリを流していたと判断される。
 美鶴がどこから覚せい剤を手に入れたのか?
 普段から一人で行動することの多い美鶴なら、人に知られずに手に入れる事はできるかもしれない。
 警察の視線は、美鶴とその周辺へ向けられる。とりあえず、門浦は安全になる。
 あの日キーホルダーを駅舎に落としたのは、門浦にあれこれと指示を出していた男。もちろん美鶴に拾わせるため。ピッキングなどはお手の物。
 門浦はカンニング疑惑を理由に美鶴の注意を答案用紙に引き寄せ、その隙に首を絞めるつもりだったらしい。そういえば山脇(やまわき)が入ってきた時、門浦は美鶴の真後ろに立っていた。まさに首を絞めようとしていたのだ。
 しかし、人気(ひとけ)が無いとはいえ、白昼堂々と行動に移すなど、小心者の門浦らしくない。
 それだけ切羽詰っていたということだろうか?

 それだけクスリに魅せられてしまっていたということなのかもしれない。

 キーホルダーは、当初は美鶴を殺害した後こっそり制服のポケットにでも入れておくつもりだった。
 だが、できることなら覚せい剤を持っているところ、せめてキーホルダーを手にしているところを、全く関係のない第三者に目撃させたかった。
 門浦も男も、以前から美鶴を観察し、放課後の数時間を駅舎で過ごしていることは知っていた。そしてそこに、浜島(はまじま)が訪れることも…
 キーホルダーが美鶴の持ち物であると思わせるために、それを手にしている美鶴を浜島に目撃させたかったのだ。
 だから、浜島が来て駅舎の中を覗いてから去るのを待って、門浦は美鶴に接近した。
 その計画が成功していたのかどうかは、浜島に聞かなければわからない。そこまでの情報は美鶴には入ってきていない。
 場所として駅舎を選んだのは、浜島の理由もあったし、また美鶴とあまり縁のない場所で美鶴が自殺をするのは不自然だと思ったからだった。



 そんなに簡単にいくものなのだろうか?
 ぼんやりと天井を眺めながら美鶴は思った。







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